海の向こうはこんな暮らし

ハワイ諸島のメイン8島のうち最北端に位置するカウアイ島は、通称「ガーデン・アイランド」(庭園の島)と呼ばれ、自然のとても美しい島です。主な産業は観光業と農業で、人口は約6万人程度。アメリカ本土からの観光客には特に人気のある島です。
ホノルルで7年近く暮らしてきた私は、2002年に縁あってカウアイ在住の男性と結婚し、この島に移住しました。便利な都市生活に慣れきっていた私の目に、カウアイ島はとても新鮮に映りましたが、その反面多少心細い気持ちになったこともよく覚えています。
さて、過去5年間にカウアイ島を含むハワイはさまざまな変化を体験してきましたが、現在「不動産投資」が注目されています。土地や住宅の値段が値上がりして、投資目的で購入する人も出てくる反面、その余波で多少暮らしにくい場所になったこともまた確かなのです。

カウアイ屈指の観光名所、ワイメア・キャニオン。
2001年6月。カウアイ島の彼(現夫)からホノルルの私に電話がきました。「友人(不動産業者)が、家か土地でも探してみたら、って言うんだよね、どう思う?」
その当時、カウアイ島の不動産事情は現在とはまったく違い、家は中古だったら15万ドル(1ドル=108円換算で約1,620 万円、以下同)程度から探せました。土地はだいたい200〜300坪で7万ドル程度(約756万円)が相場でした。需要より供給が多い時代だったので、割と楽に不動産を手にすることができました。
その週末、私はホノルルからカウアイ島に飛び、空港で出迎えてくれた彼と、友人の不動産業者に会いに向かいました。友人は彼の収入で手が届きそうな住宅と土地を数件選び出して待っていたのです。
何件か回ったあと、私たちは丘の上にある約600 坪弱の住宅地を見に行きました。価格は13 万9,000 ドル(約1,501 万円)、貿易風が吹き抜け、遠くに海が見える風光明媚な場所。電気も水道も通ってなく、草木が生い茂り、歩くのも容易ではありませんでしたが、彼はこの場所をいたく気に入った様子。

カウアイ島南部の美しいポイプ・ビーチにも、開発の波が押し寄せています。
同じ年の9月11日に、あのアメリカ同時多発テロが起こり、事態は一変。テロ後、落ち込んだ景気を盛り返そうと、連邦準備制度理事会(FRB)が金利を下げ始めたのです。金利が下がるにしたがい、多くのアメリカ人が不動産を買い始めました。特にカリフォルニアとハワイではすさまじいともいえる不動産売買が行われ、カウアイ島にもその波が押し寄せてきました。低金利を利用して家やコンドミニアムを買い、投資に利用する人が増えた結果、ここカウアイ島では2004〜2005年をピークに、不動産は何倍にも値上がりしました。
また、テロの余波で、いままでの働きずくめだったライフスタイルを見直そうとしたのか、ニューヨークやロサンゼルス、ワシントンDCなどの大都市からハワイに引っ越して来る人も増え始めました。特に戦後のベビーブームに生まれた人たちの中には、「リタイア後はもっと自然の多い場所でゆっくり過ごしたい」と、都市にある自分の家を売ってハワイに引っ越して来る人も大勢います。

ポイプ・ビーチの目の前にあるククイウラ・リゾート開発予定地。今後10年間で、ゴルフコースと豪邸の数々が建設される予定。
さて、彼が取得した土地はあっという間に40万ドル(約4,320万円)の評価がつきました。不動産税も重くなってきて、私たちのような庶民には初めて建てた家を維持していくことが難しくなり、いずれは売却する予定です。ちょっともったいない気もしますが、アメリカではごく普通のこと。現在の税金制度では、マイホームに2年以上住んだ場合、売却時の利益のうち独身者は25万ドル(約2,700万円)、既婚者は50万ドル(約5,400万円)まで免税となります。アメリカ人はこうして、若いときに値段が安めの家を購入し、修理や増築を経て売却し、その利益を利用して少しずつ大きな家に移っていきます。これを何回か繰り返し、熟年になるころには「ドリームハウス」を手に入れることができるのです。 私も、将来的にはカウアイの住民がドリームハウスを取得するお手伝いができれば、と考えています。
※上記の記事は、とくに記述がない限り、2007年11月26日現在のデータをもとに作成したものです。
ハワイ州認定不動産取引士、翻訳者、ライター。1990年に留学のため初渡米、1997年ハワイ大学コミュニケーション学部を卒業。ホノルルでコピーライターを勤めた後、2002年よりカウアイ島在住。